別れの春(おまけ)

この週末の鴨川は、まさに天国でした。
お昼を持って水筒を持って本を持って、桜の下でしばらく、というのをやってみました。
スキップの練習をする子供とお父さんがいたり、ハーモニカを嬉しそうに吹いている坊やがいたり、お母さんのお手製らしきお弁当を広げる家族、ベンチで白昼堂々足上げ体操をするご婦人(↑写真手前のピンクの人)、芝生に寝転がって抱き合う欧米人、鴨川を渡ることのできる飛び石のところでは子供たちが楽しそうに水遊びをしていました。人間観察をしていたらいくらもページは進みませんでしたが、よいのです。
帰ってから、朝の間に磨いて陰干ししておいたブーツを片付けて、春の靴を出したら、気持ちがスッとなりました。


*****
そろそろ他の話題を、と思っていたところへ、私の母校である高校までも、顧問の先生がこの春離任されたというニュースが飛び込んできて、重ねて心ざわめく春を過ごしています。


***
またまた昔話の続きですみません。

中学3年で顧問の先生が変わる惨劇(!)に遭った後、高校ではそんな目には遭いませんでしたが、代わりに高2の冬に震災がありました。
神戸・長田区で激震地のど真ん中にあった高校は、直ちに数千人規模の避難所となり、数日後に予定されていた修学旅行も、その後にあったアンサンブルコンテストももちろんなくなり、ひとまず休校、という形でひと月が経ちました。被災地で部活なんて二の次三の次と分かっていても、夏までのスケジュールを思えば途方に暮れる日々でした。次のひと月…三学期の残りは、同じ学区内でも被害の少なかった北区のふたつの高校にひと学年ずつ分かれてお邪魔し(3年生はもう時期的に事実上卒業)、間借り授業という形での学校生活。ここでも、ほとんどまともに部活動は出来ませんでした。春休みが過ぎて、四月。新学期は、また別の高校の第2グラウンドをお借りしてプレハブ校舎を建ててもらって、ようやく三学年揃っての学校生活が始まりました。プレハブ校舎の中に合奏ができるような教室を設けていただいただけでも有難かったですが、雨が降れば池の中のような校舎でした、湿気でベコベコになったベニヤ板の床の感触や、トタンの屋根にざぁざぁと鳴り響く雨音に何とも言えない気持ちになったのを思い出します。それでもつかの間の穏やかな日々でした。三学年揃ってようやくバンドの音を作れ始めた夏のはじめ、避難住民の方々が少しずつ仮設住宅に移られて落ち着き始めた本校舎に、3年生だけ、戻ることに決まりました。終業と同時に必死に山を下って本校に移動してくれる1、2年生を待って、天井が落ちて梁がむき出しになった講堂(鳩の大群が住み着いていました)で、コンクールに向けて合奏したものでした。本校は、定時制の学校と共有していたため、完全下校はいかなる時も17時でした。17時半だったかな。忘れた!

震災の被害のことを思えば、さまざまに苦しい状況にいる方々のことを思えば、何も言えませんでした。でも、前年も、その前の年も、全国大会へ出場できていた時代でした、

「もちろん今年も全国大会行くよね??」

という無言のプレッシャーも十分に感じて、押し潰されそうだった、最後の夏でした。
(結局、震災プレミアとか言われながら全国大会に出場できたので、11月まで“夏”は続き、今度は自分の受験準備が崖っぷちになりました笑)

***

全国大会に行ってた時代があった、なんて亡霊に苦しむような時代すらとうに過ぎ去ったでしょうけど、それでも変に伝統校なので、精神や自重自治の気風は受け継がれていて、だからこの難しい春も、現役の彼らは踏ん張って頑張るだろうかと思います。でも、なんか、目に見えない何かいろんなものは背負わなくていいから、ただ自分たちの青春を心から楽しんでほしいなぁ。そう願っています。



ほとんど教育実習ぶりの母校でした(推定)。
ここに立つと、まだ自分が高校生なような厚かましい錯覚を容易にできました。すぐ目は覚ましましたが、直後、びっくりするほどイケメンのラガーマンとすれ違って、萌えッとなりました(一瞬です笑)。


震災のとき、この校舎は概ね持ちこたえましたが、校舎のど真ん中で縦に真っ二つに裂け目が出来(写真の、左から2本目というか3本目というかの太くなってる柱のところ)、裂け目から太陽が綺麗に見えたのを覚えています。グラウンドは地割れだらけ、ブルーシートが一面に広がり、教室という教室、廊下という廊下、体育館も講堂も、すべて避難されてこられた近隣住民の方々で埋め尽くされていました。校舎の正面、写真のコンクリート階段を上りきったところに簡易トイレがずらっと設置されていました。屋内も屋外も、そこらじゅう消毒剤の匂いでした。

楽器庫の入り口のところで生活されていたおじいちゃんとだんだん仲良くなって、もうずいぶん暖かくなった頃、天童よしみのカセットテープを貰いました。
お別れ、言えなかったなぁ。




0コメント

  • 1000 / 1000