我が祖国 終演

生まれて初めて列車で国境を越えた夜。
全曲リピートで流しっぱなしになっていたイヤホンから『ヴィシェフラド』冒頭のハープが聴こえてきて目が覚めて、カーテンをそっと開けて窓外を覗くと、朝が静かに近づく夜の空、ぼんやり映るひろい地平線の上に明るいお月様が見えたのです。

(もうすぐプラハだ!)

まだ慣れないウィーンの街をひとり、夜遅くに夜行列車の出る駅へ向かい、ドキドキしながら切符を買って列車に乗り、座席に体をしずめたあの夜から、無事にプラハに到着できた朝の安堵を、今でも鮮やかに思い出します。
あれから随分時が流れてしまいましたが、「我が祖国」(スメタナ)の第1曲冒頭、ハープのカデンツを聴けば、私の心は何度でもあの夜行列車に戻れました。

早朝にプラハに着いて、まずはヴィシェフラドの丘を目指し、小雨が降る中をスメタナやドヴォルザークのお墓を探して歩き回り、無事お墓参りできて、ホッとして市内に戻り、ヴルタヴァ川にかかるカレル橋を(もちろんモルダウを小声で歌いながら)渡ってプラハ城にあがり、どこでどうやって昼ごはんを食べたかなんかは全く覚えていないけれどもとにかく午後の間に旧市街に戻ってスメタナ博物館、ドヴォルザーク記念館、ミュシャ(ムハ)美術館に走り、そして夕方に列車でウィーンから到着したミユキと落ち合ってルドルフィヌムに向かい、今回の旅の目的【プラハでチェコフィルを聴こう!】を果たしたのでした。

終演後にはミユキの友達でプラハ在住のシズナちゃんと合流して夜ごはんを食べ、シズナちゃんにプラハ暮らしの様子を聞いたり、チェコ語で「ドヴォルザーク」の発音を特訓してもらったりしました。コロコロとよく笑うシズナちゃんはとても明るく魅力的な女の子で、初対面とは思えないほど仲良しになって、再会を約束してミユキと私はその日の夜行バスでプラハを後にしました。バスの中から窓越しに見た、見えなくなるまで手を振り続けてくれていたシズナちゃんの姿が、私たちにとっては最後になりました。シズナちゃん、私達より何才か若かったはずだけど、それから数年後の夏、プラハの自宅にて病気で突然死してしまったと聞きました。


昨日は初日で色々余裕がなかったけど、今日は、シズナちゃんのことや、あの若き日のプラハ1日旅のことを思い出しながらの本番となりました。
シズナちゃん、生きていたら、
「シズナちゃんー!今日スメタナ吹いたんだょー」
ってメッセージしてただろうなぁ。
シズナちゃん、そちらはどうですか。


*****

シャールカについても、昨日は「許さんー!皆殺しだー!」と主に思いながら吹いてましたが笑、そして高関さんや下野さんに「いやー見事に皆殺しできましたねー」と笑っていただいたり、みんなに「こわー」と言われながら笑っていましたが、一晩あけて、なんかシャールカがそこまで恨みに思うに至った辛い出来事について、話を聞いてあげたいような気持ちになりました。私自身は、男の人を殺したいほど恨みに思ったりしたことはあまりなくて笑、皆さんそれぞれに素晴らしい人だったし心底感謝しかないのですが笑、あぁなんかシャールカ可哀想だなと(知らんけど)、でもそれほど好きだったんだろうなと(知らんけど笑)、皆殺しにすると決意してからも、なんか淋しさはなかったかなと、知らんけど笑、初日とは全然違う気持ちで吹いていました。最後のソロが終わって、いよいよみんなでドワーっと終盤の皆殺しタイムに突入してから、途中めちゃくちゃいい音でトロンボーン軍が聴こえてきて、
「わっ、こりゃみすみす殺すにはもったいないようなイイ男…!」
とヨソ見しそうになる自分がいました笑。戦場だったら返り討ちに遭ってますね。どうやら私は戦いには向かないようです。


素晴らしい音楽体験を授けてくださった高関さんに心から感謝。
これからも京響をよろしくお願いします!
お見送り(今日はレセプション)を終えて戻ってきたら、たいていステージがこんな感じに撤収されてて、祭りの後の静けさ、的に、好きな景色です。ステージ・ホールスタッフの皆様、いつも本当にありがとうございます。



留学中に撮った写真、SDカードは一応捨てずにそこらへんに転がっているんですけどズボラすぎて全部放ったらかしの手付かずで、だから何の写真も引っぱり出せません。たぶん窓からのお月さまも撮ったし、プラハ城の写真もいっぱいあるし、カレル橋ではお決まりチックな写真も撮ったし、街で見かけた[bシ〜bミ〜レ〜bシ]の音符が短い五線にデザインされたような車(何かの車なんだろうなと思いましたが確認できず)も嬉しくなって撮りましたがどこにあるやら。機械が苦手なのもあるけど、思い出は思い出せる範囲で頭の中にあるのでいい、と、半分は思っています。

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