自分が真ん中

浜松記念バンドでまさかの共演が叶った同級生の山ちゃんが、

「コタがこんなに明るくなって、元気になって、いつのまにか大先生になっちゃってさー(これは余計!)、今も楽器もって頑張ってる姿を見られて、俺ぁ本当に嬉しいよぉ…」

と、しみじみしてくれた言葉は、私の心に温かくとどまって、この先もしばらく勇気づけてくれる気がしています。

「いやぁ、ほら、しんどそうにしてた時期も、あったじゃん?しんどいんだろうなぁと思って、見てたからさぁー…」

同級生だからといって特に一緒に遊ぶこともなく、食堂でツルんだりするほどでもなく(ほら、わたし、お金なかったし、休み時間ぜんぶ練習してて寒〜い学生だったので苦)、ただ、私がいつも出来るだけ目立たないよう奥の小部屋(学校の練習室)にだいたい居て、そこがSax部屋の向かいだったこともあって、ほんの時々、Saxの子たちがヒョイと小窓を覗いてくれて、小部屋で、何ということもない話をして、夜が更けたりしていた、その1人でした。山ちゃんは3浪もしていたから、苦労人で、でもやっぱり、現役で入ったものの半分溺れそうになりながら大学生している私なんかには見えもしない視野を持っていて、だからいつも優しかった。

あの頃の感謝を伝えたくて、今回の浜松のメンバー表に山ちゃんの名前を見つけた時から、リハーサル初日には何を差し置いても山ちゃんのところに飛んでいくつもりで楽しみにしていて、実際その通りにしてみたら、山ちゃんはただ驚いて、変な顔してて、(あれー、やっぱり山ちゃんは私ほどは嬉しくないのかー。そっかーそうだよねー)と思いながらしばらく居たんですが、終演後のパーティーで乾杯しに行ったときに、
「いやー、コタがまさか、俺なんかのところに、あんなふうに駆けつけててくれると思わなかったからさー。ビックリしちゃってさー」
…と、冒頭のようなことを言ってくれたのでした。

私は、今も決して明るくはなってないけど笑、昔よりは明るく振る舞えるようになって、そして、山ちゃんは今、吹奏楽の世界でバンドトレーナーとして東日本一円で休む暇なく大活躍しているようで、翌朝も5時に浜松を出て長野へ向かうと話していて、あぁ、山ちゃんが教えたら、きっといいバンドになるだろうなぁと、嬉しく思ったのでした。

その他にも、アカデミーの公式ピアニストとして招聘されている同級生が2人いて、だからぜんぶで同級生5人(!)で、卒業から20年の集合写真を撮りました。昔の奮闘のかけらを知っている仲間が、今もこの世界に生き残って、活躍を喜んでくれたり、改めて尊敬の気持ちを持ったり、何より元気で居てくれるからこそ叶う再会を喜んだり。仲間って、本当に有難い存在です。

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コンサートの翌日からアカデミーが始まったので、せっかくだから聴講させてもらおう…と思っていたのですが、これまた大学時代にコテンパンにお世話になった兄のような父のような!先輩がたまたま浜松滞在中でコンサートに聴きに来られていて、
「お前、明日暇か? エスクラ持って一緒にレッスン来い!笑」
と言われて、翌朝は9時から浜松の某高校吹奏楽部へお邪魔して、先輩が指導されるコンクール直前のレッスンに参加させてもらいました。
部活の指導なんてのも、普段、人がどんなレッスンするのかなんて見られませんから、先輩がどんな風にバンド指導・パートレッスンをされるか見学させていただいて、私もちょこんと隣に座ってチョイチョイ言わせてもらったりして、これまたとっても面白い時間でした。勉強になりました。後輩をこき使うフリしていつも勉強の機会を与えてくださる先輩は昔から変わらなくて、これまた感謝でいっぱいでした。

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午後からは予定通りアカデミーに戻って聴講にお邪魔しました。
自分の生徒が1人参加していたので、そこまでは必ず聴くつもりで、その前後何人かを聴かせていただきました。
自分の生徒がヨソの人たちの前で他の先生に習っている姿を聴かせてもらうのは、普段の自分の指導の足りていないところに気づいたり、同じことを意図しても違う言葉やアプローチで仰るのが勉強になったり、自分があまりに当たり前だと思ってわざわざそんなこと言ってなかったけどそうだよソレだよ!と膝を打つような気持ちになるとか笑(反省)、私自身も新しい発見や学びがあったり、とても有難い機会です。また、よそで勉強されている若い人の演奏やスタイルを聴かせていただいて、その人がどんな音楽体験を重ねてきたのか想像したり、その人の素晴らしい部分に感銘を受けたり、私だったらどんな言葉をかけるだろうと考えてみたり。これも大変な学びです。

クラスのピアニストと通訳さんが知人だったので、◯◯ちゃん頑張ってるョ!と、私が浜松を離れた後も色々報告くださるのも、生徒の様子から私の普段の指導ぶりを想像してくださって「よくやってるネ!」と労ってくださるのも、お気持ちがまず嬉しくて、有難いかぎりでした。

お気持ちがまず嬉しい、といえば。
浜松の直前には、とあるオーケストラで、私が(京響業務と重なっていて)参加できなかったから代わりに昔の生徒たちを送りこんでいた本番がありました。
結構タフな仕事だろうけどあの子たちシッカリやってるかな、迷惑かけてないかな…と心配しながら居ましたが、それも、やはり彼らの前や後ろで共演してくれて(くださって)いた音楽仲間や先輩方から次々と報告が届き、
「(いや、もちろんまだ足りないところもあるけど)若いなりに一生懸命に立派にやってくれてたよ!ちゃんと教えてるんだな、って分かって、嬉しかった!」
「にっこり笑って挨拶に来てくれて、ほら、何か、そういうの、大事でしょう!生徒さん、すごい良かったですよ!」

…と。なんか、嬉しくてね。
自分のプレイも、近くで、遠くで、見守ってくれる人がいるけど、自分が教えた生徒のことも、生徒がお世話になる先々で、私のこととして、温かく見届けてくださる仲間や先輩方がいること。それを、言葉にして伝えてくださる優しさ。本当にありがたいです。私も、どこかで誰かのお弟子さんとご一緒できる機会に恵まれて、素敵だなと思ったら、思っているだけじゃなくてちゃんと言葉にして伝えよう、と、思いました。
教える仕事って、仕事だから、もちろんお金もらってるし、仕事なんだから教えて当たり前みたいに思われるし、だけどそんなにもらってないし(学校なんかだと余計)笑、心砕いて必死のパッチで擦り切れるような思いで教えているほどには大して感謝されないというか、いや感謝してほしいと言ってるわけでなくて笑、たぶん、[教える]という行為そのものが、真剣にやってしまうと本当に消耗するんだと思います。消耗するわりには簡単に結果が出ないし、迷うし悩むし、自分の無力さに嫌悪するし、明確な答えはないし、生徒は能力も性格も千差万別だし、本当にこれでいいのか…と、自問自答の毎日です。教えるなんて、いくら貰ったって、しなくていいなら本当はしたくない。時間ばかり取られて、練習できないぶん下手になって焦るし、疲れるばかりで、ほんとは休みたい。家でまともな時間にまともなご飯を食べたい。だけど、私たちもそうやって先生方の時間を奪って教えてもらってきた、申し訳ない、有難い、そう思うから、恩を返すのでなくて次の世代へ送る、ただその一心です。
だけど、生徒たちが、成長の途中で、あるいは巣立ってから、いろんなところでいろんな人に肩を借りてお世話になって、それは例えばこんな感じで返ってきたりもするんだな、と、この夏は嬉しく有難く思いました。こんな風にいろんな人から温かい励ましの言葉をもらって、微力ながらもこんな感じで頑張っていたらいいのかな、でももっと勉強して頑張りたいな、と、改めて思う元気をもらいました。ありがとうございます…と思いながら、あの人やこの人のお顔が浮かびます。それから、生徒たち、ありがとう!


猛暑の京都に戻ったら、今度はロームの講習会で別の生徒たちが私の恩師にお世話になっていて、そこへも少しお邪魔して、生徒たちがちょっぴりヨソゆきの顔で緊張して吹いている様子や、初めましての若い方々にもお会いして、あぁ、若いって、緊張するし不安でいっぱいだろうけど、《自分が真ん中》な時代のことを言うんだな、羨ましいな、と、改めて思いました。


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若い人たちがキラキラ研鑽する姿を見せてもらうのは、とっても刺激的だし勉強になるけど、続くと飽きて笑、いい加減自分も吹きたくなりました。
帰って、来月のためのブラームス(の五重奏)をうんうん唸りながら3時間くらい吹いて、遅々として進まなかったけど、それでも、自分が真ん中な時間は、幸せ。息が苦しくて死にそうだけど。


浜松に行ったら必ず食べたい、鰻茶漬けの、鰻部分(笑)。
腕が悪くて汚らしい写真しか撮れないけど笑、鰻は、やっぱり自分のお金で食べるのが一番美味しい◎。

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