先が見えない

GWのはじめに、ちいさく旅してきました。
福山からしまなみ海道を行くバスに乗って、大三島へ。多々羅大橋のステーションでレンタサイクルを借りて、まずはレモンの島・生口島を巡りました。
(レモンの花って、あんなに甘い、夢みたいな香りがするんですね!知らなかった!)

再び大三島に戻り、島の西岸で海水温泉に浸かりながら沈む夕陽を見、次は魚に生まれ変われそうなほど魚づくしの夕食朝食、そして伯方の塩の工場でハッスル笑
いいトシして、すいません。
ははは。


*****
今日の朝ドラ、よかったですね。
よかった。
とともに、自分が夢を見つけて親を説得し、今に向かって進み始めた頃のことを思い出しました。


ちょっと前置きが長くなりますが、書いてみます。


私は、フルートを吹いてみたい一心で中学校で吹奏楽部に入ったらクラリネットになって笑、なったらなったでフルートのことはすっかり忘れて頑張って、その後はもっと上手いバンドで吹きたい一心で高校を選んで進学し、入部して最初のレッスンで(といっても割と夏でした)講師の先生に

「君、ゲイダイに行かないか?」(東京弁)

と言われました。(ここまでで既に脈絡がありません)
アホで田舎モンの私はゲイダイというのが何を指すのかも知らず、また、まったくその瞬間まで、この世に音楽大学があることもそこへ進んでプロになる人がいることも考えたことがありませんでした。
よくよくお話を聞くと、ゲイダイというのは東京藝術大学という音楽大学で、その名の通り東京にあって、どうやら日本の音大の最高峰であるらしく、学校の勉強は明日からもうしなくてもたぶん十分入れるけど、楽器は日本の同級生のなかで五本の指に入るほど吹けないと入れないらしい、君なら、これからがむしゃらに頑張ればもしかしたら何とか手が届くかもしれない、いや、現役で入れる保証はどこにもないけれど。そして、そこに入れたとしてもその先音楽で食べていけるかどうかは甚だ謎らしい(…え???)…だいたいざらざらっと、そんなようなことのようでした。

とにかく、フルートを吹きたくて第五希望までフルートと書いた(笑)頃から、すぐ目の前のことに向かっては猛烈に頑張れるけど、遠い遠い先の目標とかそんなものは全くなかった…というかそもそもノストラダムスの大予言を信じていたので笑、たしか21歳かそこらで地球が滅亡するなら将来の夢もヘッタクレもないだろうと、その日までをとにかく懸命に生きる予定しかなかったので、いろいろ、完全に面食らってしまいました。

音楽が仕事になるなんて考えたこともなかったし、音楽は大好きだけど将来の全部を賭けたいほど好きかどうかは正直分からなかった。「ゲイダイに行かないかい?」なんて魔法の言葉をかけられてからは、自分が音楽を好きなのか、ゲイダイや音大を目指すことや東京や未知の世界がカッコよく思えて憧れちゃう気持ちなのかの見極めが、冷静になろうとすればするほどとても難しかった。自分に才能があるかなんてもっと分からないし、とにかくサッパリお手上げでした。ただ、はっきりしていたのは、じゃぁ他に何か好きなことがあるかというと特に無かったということと、どうやらゲイダイを目指すとしたら、今この時点で単なる普通科高校にいる私は多分音楽以外の全部をかなぐり捨ててゲイダイ受験に突き進まないととても無理だろうということと、そこまでして失敗したら、たぶん私には何も残らないだろうということ。勉強も、その先進む道も、たぶん友達も。あとは、全国大会に行きたくてこの学校に入ったから、進路はどうあれ三年生の秋まで部活を辞めるつもりはなかったということ。もちろん、ウチが経済的に余裕のある家でないことも分かっていました。でも、その他のことは、調べても誰に聞いても分からない、やってみないと分からないことばかり。やってみないと分からないけど、やるかどうかを決めなきゃいけない。ムダに迷ってる暇はない。

…考えた末、半年だけ考えさせてくださいと諸先生方にお返事して、私は、ひとまず「勉強」をしてみることにしました。音楽の可能性は、半年や一年頑張ったところでは何の答えも出ないだろうけど、学校の勉強なら、とりあえず全力でやってみたら自分がどの程度のものなのかハッキリ数字で出るから、そこで、まず勉強で進学するかどうかを見極めればいい、と思ったのでした(笑。我ながら現実的というか、音楽の厳しさを分かってないというか何というかです笑)。シャカリキに勉強しても大して成績が伸びないなら、それを捨てても大したことではないであろう(たとえ音楽でも開花しなかったとしても)と思ったんだと思います。

かくして私はその日以来、寝るのとお風呂とご飯と部活と通学で歩いている時間以外の全部を、毎日毎日、とにかくアホみたいに勉強しました(極端なんです笑)。塾には行ってなかったので分からないことは職員室に通い詰めて先生に分かるまで教わって(迷惑笑)、そしたら、当たり前だけど成績はみるみる上がって、気がつけばその年の終わりには学年で上から1桁になりました。だけど、その時には、頑張りすぎて心身ともに疲れ果てていました。
職員室の先生方は喜んでくださって、

『おー小谷口!よくやったな!
このまま頑張ったら京大行けるで♪』


…こ、このまま??…このまま頑張れと??

あと2年もこのまま頑張り続ける自信は、もうどこにもありませんでした。教室を見渡せば、私より賢い子たちが、どう見ても私より勉強してるようには見えなかった。みんな楽しそうだった。

これはダメだ。
私は勉強には向いてない。


音楽の才能はともかく、勉強する才能がないとの結論に至り、音楽しかない、私は音楽が好きだ、才能がなかったら努力でカバーしてみせる!未来はこの手で切り開く!…と、ゲイダイを目指すことに決めました(むちゃくちゃ!笑)


本人の私がこの調子ですから、親はもっと、わけのわからん音楽の世界なんて言われても本当に本当に困ったことだろうと想像します。いやぁ、本当に、困っただろうなぁ。前置きが長くなってしまったけど、朝ドラを見ながら、ヒロインのスズメちゃんの、実に根拠のない、だけど揺るぎない決心に、何とも心当たりがありすぎて、すっぱい気持ちになりました笑。そして、驚く親、混乱する親、娘を愛する親、娘を不幸にさせたくないと揺れる親、娘の人生を応援したいと精一杯笑う親の姿を、滝藤さんと松雪さんが細やかに演じられていて、あぁ、と思いました。それと、その周りの大人たちの優しいまなざし。
おじいちゃん役の中村雅俊さんが、いいこと言ってました。…この歳になると、もう先が見えてくる。若い時の、先が見えないっていう素晴らしさは、何ものにも代え難い。たとえそちらに進んでみて、失敗したとしても、それでもお釣りがくるぐらい、夢を見る時間そのものが、素敵なことだ。好きだと思うことがあったら、飛び込んでみたらいい。…そんなような、ことだったと思います(忘れたけど)。
好きだと思える何かに出会えること自体が、誰にでもあることではないですね。先が見えない不安は確かにあるし、よくわかるけど、先が見えないのは、若者にそれだけ広大な「先」が広がっているからだと、今ならよく分かります。まさに人生の往路。すてきな時間だなぁ、と、ふりかえればあの頃をまぶしく思います。


いやぁ、それにしても、ウチの両親などは本当に音楽のおの字も分からない人たちなので(今は、父はモーツァルトのクラリネット協奏曲のケッヘル番号を言えます笑!私は今だにケッヘルかヘッケルか怪しいです)、音大目指すったって、だいたいまずお金の面でどれくらいかかるものなのかから、何もかもまで、まずもって見当もつかなかったはずで、娘が先々どんな苦労をするのか、見込みはあるのか、ダメだったらどうなるのか!笑、何から何まで全く未知の世界に飛び込もうとする娘を、ほんとうに、よく止めないでいてくれたものだなぁと思います。あの頃の私にわかる範囲での説明と、意味不明な決意表明を涙ながらにした記憶だけはありますが、反対は、そんなにされなかった気がしています。
滝藤さんと松雪さんに当時の両親を重ねずにはいられなかった私。

「ほんとに、あの時よく反対せずに見守ってくれたよねぇ」

と、実家で親に言ってみたら、母が

「母さんはね、」

と、何か有難い話でもしてくれるのかと思ったら


「アンタ女の子やし、まぁ別にダメでも嫁に行ったらええねんから、それまで好きなことしたらええかなと思て。」



嫁にーーーーーー!!
そっちのほうが難しかったなぁ!!
(一同爆笑)


…今ならわかります。
夢より律くんのほうがだいじだよ、スズメちゃん。とほほ。



おちびちゃんには、なにがみえるかなぁ
(多々羅しまなみ公園にて)

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