沖澤さんのこと

東京公演から帰ってきてから、振り返って、沖澤さんがどんなふうに素晴らしかったのかを、ずっとぼやっと考えています。

『その週』がいよいよ近づいてきて、皆がコネッソンとベト4の譜面を肌身離さず持ち歩き、どこでもここでもその話になっていた頃、何人もの口から聞こえてきたのは

「まぁ、でも、沖澤さんだし、そんな変なテンポじゃ振らないでしょう〜たぶん大丈夫なはず!」。

どういうことかと言うと、つまり、素晴らしい指揮者というのは、我々オーケストラがオーケストラとして機能する最も実際的で最も効果の高いテンポを選びとるセンスがずば抜けていて、説得力が凄いんですね。速いのが嫌なのでも、遅いのが嫌なのでもない、速すぎるのは確かに嫌ではあるけれども、それがきちんと効果を伴うものであれば納得できる。遅すぎるのも嫌だけれど、そこに雄弁に語る音楽があれば流れは作れます。オーケストラって、精密な機械であるとともに、巨大な生き物なので、最大の効果を引き出しながら操縦できる人は、そんなにたくさんは居ないんですね。
…その部分の信頼を、沖澤さんは既に得ているということに改めて気づいて、驚きました。もちろん、私も全く同じ意見でした。
でも。まだ2回しか一緒に演奏していないのにネ笑。まだ、ダフニスと、魔笛とブラームス(と、あと2曲くらいあったかしら)しかやってないのに。でも、あのダフニスと、あの魔笛と、あのブラームスで、我々が沖澤さんをそのように思うには必要十分でした。

そして、リハーサルが始まっても、本番を2回共にしても、我々の想像が裏切られることは、ほんの一瞬もなかったというのが感想です。そうです、沖澤さんが『変拍子を振れる人なのか』ということは、我々もまだ知らないことでした。でも、大丈夫でした!すごく大丈夫でした。よかった!心底良かった!あんな曲、変拍子が怪しい人なんかでやったら、こっちの心臓がいくらあっても足りませんから。なんとクリーンな変拍子!あんな春祭並みに恐ろしい変拍子なのに、彼女が振り間違えることはリハーサル含め殆どありませんでした。凄い。
ただ、「ちょっとゆっくりやってみましょうか」みたいな練習も一切ナシで、初日リハからいきなりトップスピードで、…沖澤嬢、容赦なかったです…恐ろしや。のんちゃんドS確定です。
3日間、それは見事な内容と配分で、みっちりとリハーサルが行われました。我々は、ただ苦しい闇の中で必死に音符の山と格闘しているようだったのが、沖澤さんのハンドルでだんだんに音楽そのものの流れや素晴らしさに気づき、それはそれはエキサイティングな時間でした。
コンサートホールに移れば、ホールの響きに対応して最善の効果が生まれるように細かなバランス調整にトライし、サントリーホールではまた前日とは全く違うアプローチでの試行錯誤を、最後の最後までしました。

初めてのコネッソンが新鮮で刺激的だったのはもちろんですが、それに比して、ベートーヴェンの新しさが全く遜色ないことも、驚くばかりでした。ベートーヴェンの音楽はいつも新しい。そして、やっぱり、コネッソンより難しい!!ベートーヴェン、本当にすごい。…そして今回それを引き出したのは、紛れもなく沖澤さんのタクトです。1楽章冒頭の容赦ないゆっくりさに、ロングトーン組の我々管楽器は失神寸前ではありましたが、禿げそう〜とか死にそう〜とか言いながら、心頭を滅却し煩悩のかぎりを捨てて、毛穴という毛穴も皆塞ぐような気持ちで臨みました(本当に息がくるしいのです…)。4楽章の世界最速ぶりには慄いて、リハ初日でそれを知ってからは家でNaxosとYoutube、聴ける限りの音源の中で最速のものを探して何度も何度もカラオケをして挑みましたが生きた心地がしませんでした。でも、どんなに速くても、遅くても、そこに音楽として説得力があって、整合性がとれていて、流れが自然で、魅力的であれば、誰も嫌だと思わない。実際、あんなに苦しかったリハーサルの中で、一瞬でも変な空気になったことはなかったし、誰もひとつの不平も漏らしていなかった。だって、沖澤さんの紡ぐ音楽が、素晴らしいんだもの。ついていくしかない。その一点に、皆が集まっていました。


沖澤さんがどんなふうに素晴らしいか、私が感じたことだけでも、言葉で説明するにはまだまだ半分もいきませんが、とにかく疲れたので、今日はこんなところにします。京都のお客さんがどんなに嬉しかったかも、東京のお客さんがどんなに温かかったかも、書きたいところですが、また書ける時があったらにします。

東京が終わってから、とにかく、ひどく疲れて、毎日、まだ、プールで頑張って泳いだ日の夕方みたいな身体の重だるさが続いています。ちゃんと寝ているし、栄養もちゃんと摂っているし、お熱なんてものは無いし、ベト4で傷んだ私と左隣の2人で慰労会もしたし(焼肉いきました焼肉!!)、だけど、ちょっと働いただけなのに急に頭がぐらぐらしてきたり、まだ晩ご飯も食べていないような時間にひどい睡魔が襲ってきてどうにもならなくなったり、しています。なので、ここ数日は、予定していた半分くらいしか練習できなくて、でも仕方なくって、今日はもう20時にお風呂に入っちゃった!
たぶん、ひと夏、ずうっと、必死に練習し続けて、してもしても間に合わないんじゃないかという不安がいつも頭から離れなくて、いよいよ間に合わないんじゃないかという心配に押しつぶされそうになって、いざ近づいてきたら、ベートーヴェン4番を乗り切れるか(リード含む)そればかり気になってコネッソンどころでなくなって笑、ほら、ベートーヴェン4番というのは何と言ってもオーケストラスタディの本の1ページ目ですからね、失敗したら即オケマン失格みたいな、1つの音がかすれても、かすれなくても音程が定まらなかったりしたら、万一ダブルタンギングの最初がうまくひっかからなかったりしたら、あんなに練習したのに、練習では何でもなかったのに、もし本番だけ何かミスしてしまうなんてことがあったら!…死んでお詫びしても足りないみたいな恥で、プレッシャーなんですね。で、それが20年ぶりだったので。で、コネッソンがあんなことだったので。笑
しばらく様子を見ながら、だんだんに戻っていこうと思います。

明日からは、その、沖澤さんで再び!今度はオーケストラディスカバリーで、ベートーヴェン三昧!楽しみです◎
『運命』の“例のあそこ”を回避できたので、私はルンルンで、楽しく頑張りたいと思います!
そして明日の夜は、山本裕康さんたちと10/10カフェ・モンタージュに向けてのリハーサルがいよいよ始まります。ブラームスもフリューリンクも、A管で、息がくるしいので、大変だけど、早くからコネッソンの譜読みに取り掛かっていたのはこの2曲のためでもありました。暑い中、頑張って練習していました。良いコンサートになるといいなと思っています。