ひな壇が遂に!

ようやく、ようやく、ひな壇が戻りました…涙涙涙
やっと、コンサートホールに戻ってきた気持ちです。
はぁ、ほんとに苦しかった…しばらくは、ひな壇があるだけで、ある程度のことなら笑って許して暮らせそうです…

弦楽器もちゃんと近くに感じるし、指揮者は見えるし、コンマスも見えるし、自分の音がオケの中でどうなっているか聴こえるし、何より地面に埋まってる感じがしないし!最高です…涙。


毎日、モーツァルトとベートーヴェンの音楽に向かう幸せな日々です。それと減量!笑

ベートーヴェン「英雄」の2楽章(葬送行進曲)は、世界で最も悲痛な音楽のひとつだと私は勝手に思っています。それだけではないかもしれないけど、今のところ、そんなふうに。
この数ヶ月、たまたま重なって、身近に命のさいごのほうで一生懸命生きている人が何人かいて、その側で過ごさせてもらったり、側で見守る人の献身に心揺さぶられる時間が続いています。なんというか言葉が足りないことを諦めて書くとすると、ものすごい学びを頂いて、ひとつひとつのやりとりやその時間をしっかり心いっぱい感じていくことが、何よりいのちを生き繋いでいくことなんだなと感じています。
ベッドの側で教えてもらったり感じたり想像した気持ちを、せめてどうにか一つでも音にできないだろうか…とリハーサル中にふと思ってトライしながら、…いや、そんなことは到底できるわけがないんだと気付いて、自分の浅はかさに愕然としました。

ベートーヴェンの音楽は“痛み”なしに語れないと勝手に思っているのですが、痛み苦しみを分かち合えるような気がして励まされるというか、そこから這い上がるエネルギーを音楽に感じて励まされるようなところがあるかなぁと思っています。

それに対してモーツァルトの音楽は、明るくて、朗らかで、優しくて。どんなにつらいことがあってもやさしく笑って
「大丈夫だよ」
と言って励ましてもらえるような、全く違う種類の励ましを、でも、おなじく励まされます。
でも、今日、あのたおやかで優しい2楽章をリハーサルで吹きながら、

「あ、これは悲しいことがあった人の音楽だ」

と突然思いました。
最高に優しくて、最高にかなしい。
モーツァルトは、“慈愛”の音楽。


明日は、笑って終わりたいなぁ。
がんばろう。
寝ます!



※全て個人の感想であり思い込みですので、やさしく読み流してくださいね。今日書きたかった1番のことは「ひな壇が嬉しい」。これです。
急に肌寒くなりました、また台風も心配です、皆さまどうぞお気をつけてお過ごしください。