死のお片づけ

断捨離について、こんまりさんの「何とか(忘れた)がときめく何とか(ほとんど覚えていない!)」の遥か上を行く、

「死のお片づけ」

という震えるようなワードをネットで目にしたのは、まだ寒くなかった頃のことだった気がしています。

死期を悟って1つずつ容赦なく捨てていくのかなぁ…、と思っていたらそんなコワイ話ではなくて、自分が死んだ時に、残された家族や大切な人が自分の遺品を整理してくれることを想像して、そのとき【これを残しておくのは迷惑でないか】を判断基準とするもの…知らんけど笑、だいたいそんな感じだったと思います。自分が生きている間は自分自身にとって大切だけど自分にしか価値がないと思われる(あるいは死後は誰の目にも触れてほしくないと願う)日記や写真や誰かからの手紙や個人的な思い出の品は、1つの箱か何かにまとめて、「この中のものは自分が死んだらいっしょに燃やすか捨てるかして欲しい」と書いておく。それ以外のものは、残される家族が処分に困らない程度に整理していく。
こんまりさんの「ときめき」を判断基準にする方法は、“自分がときめくかどうか”なので、いざ選別するとなると結構揺れるんです。ほんと。だけど、“残った家族に迷惑をかけないか”、というジャッジは、わりと冷静に出来る気がしています。

…次の休みは、断捨離です!!


その前に、お腹のお掃除。




生徒たちの受験が大詰めです。

頑張れ頑張れと言いながら、自分の無力も感じつつ、ひと冬をたった1人の生徒に全力並走できた頃を懐かしく思いつつ、反省も、頭を抱えることも、たくさん。何人もの生徒をお預かりして…そもそも1つの志望校に対して定員を超える数の生徒をお預かりすれば、もちろん全員を合格させてあげられるはずもなく、この何年かは苦しくなる場面も多くあります。でも、思ったように音を出せるようになる為に、音楽の真の面白さに触れる日が来る為に、必要な正しい技術と考え方を、縁のあった人には出来るだけ伝えたいと思って、一緒に勉強しています。手取り足取り、1から10まで教えることは出来ない。私自身がそうやって教えてもらったことがないから分からないというのもあります。力になりたい一心で、私が前のめりになり過ぎた時に、人に寄りかかってしか頑張れない子を育ててしまいそうになったこともありました。だけど、結局この仕事は果てしなく孤独で、自分の力で考えて、自分の足で前へ進むタフさがないと生き残れないから、それではいけない。先生として支える力加減は本当に難しいと感じています。それから、大学に合格する為にというよりも、その子がその先の社会でクラリネットを持って立っていくときに身を助けてくれる地力や思考力を、伝えたいと思っています。きちんと基礎をクリーンに身につけて、正しい楽譜の読み取り方を獲得すれば、驚くほどに自由にハッピーに音楽に向かえるからです。そして、私が教えている程度の大学なら、それさえ出来ていれば文句なしに合格できるはずだからです(やっぱり東京芸大だけはその範囲ではないと思っています)。受験生にだけでなく、大学の学生や、私が教えているブラスバンドの中学生にさえも、私は全く同じスタンスで臨みます。それが何より一番、息長く彼女らの役に立つと信じているからです。私のもとから離れた後に、いつかなるほどと思ってくれる日がきたらいいと思っています。

頭を抱えることも多かったけど、今シーズンのウチの受験生たちは本当に皆揃って素直で朗らかで清々しくて妹や弟にしたいような子たちばかりで(娘、息子かも!笑)、とても楽しい一年でした。受験が終わるのが、先生はこっそり淋しいです。受験同期はライバルだけど、その先は同志になるから、早く受験を終えて、良き友となって、切磋琢磨していってくれたらと願います。


(なんかまとまりがない文章になってすみません。)

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