おばあちゃんのこと

まだ元気でいてくれている、祖母に会いに行ってきました。

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祖父が生きていた頃に住んでいた、坂の上の祖父母の家は、簡素な住まいでしたが、いつ訪ねても塵ひとつない掃除の行き届いた清潔な家でした。それは、私が物心ついた頃からずっとそうでした。家族で遊びに行った時も、お正月に親戚一同が集った時も、祖母は小さな台所でくるくるとよく働いて、慎ましい流し台(シンク)の中に汚れたお皿が留まることは片時もなく、お茶ガラのカケラひとつ見かけることはなく、洗った食器は瞬く間に拭き上げられて食器棚の定位置に戻り、流しの縁に水滴の一つも見ることはついぞありませんでした。そんな祖母のきちきちとした姿を見るのが私は好きで、居間の団欒からいつのまにかシュッと姿を消した祖母に気づくと台所へ行き、祖母を手伝うような、ただ傍で喋っているだけのような、ひみつのおやつを出してもらってこそこそお茶するような、そんな孫でした。私がステキなアイランドキッチンとか、IHやオール電化や、手をかざすだけで水の出るようなオシャレなシンクや、立派な食洗機の内蔵された何とかかんとかに全く憧れることもなく、何ということもないただの昭和なステンレスの小さな流し台を愛してしまうのは、きっと祖母の影響。祖母みたいにキチッとはまだまだ暮らせないけど、時々シンクをクレンザーで磨いて、時々まな板をハイターで漂白して、時々拭き掃除をして、たまにガスコンロをごめんごめんと謝りながら掃除して、使ったまま放置してた魚焼きグリルに気づいて(!)懺悔したりもしながら、まだまだ追いつけそうもない祖母の背中を追いかけているような、良く言えば修業の途上です。笑

     
祖父が仕事をリタイアしてからは、祖父母ふたりで明け方には起き出し、二人して家じゅうを掃除機と雑巾とコロコロで手分けして掃除し、それが終わってからコーヒーを淹れ、パンを焼き、冬でもレタスとトマトのサラダを必ず食べ(泊まりに行ったとき、私はこれが何となく寒々しくてニガテでした。冬の朝に生の野菜はどうも笑)、それから二人で散歩に出かけるのが日課だと聞いていました。
その祖父が数年前に急逝してから、祖母はすっかり元気がなくなってしまいました。心配して訪ねた時に初めて、床にホコリが落ちているのを見かけて、驚くと同時にこの人の失ったものの大きさに気づいたような気がしました。年をとり、小さくなってしまった祖母の体には、悲しみを乗り越える体力はもう残っていないように見えました。
今は、母の目が届く実家の近所に住んでしばらく経ち、落ち着いて過ごしているように見えます。心やさしい父の協力も得ながら毎日甲斐甲斐しく祖母の元に通う母には、全く敬意を表するばかりですが、私も可能な範囲で時々祖母を訪ねて、何ということもない話をしてはアハハと笑い合って、もうマメに掃除をすることが叶わなくなった祖母の代わりにちょこっと掃除させてもらったりしています。

何事もなく元気で長生きしてくれていることに何より感謝です。
幼い頃からたくさん可愛がってもらった分のごく一部でもお返しできる時間を与えてもらっていると思います。老いた祖母の姿から、さて自分はいかに生きるか、ということも考えさせてもらっています。祖母を見る母の姿にも、多くを学びます。
まだ自分が若すぎて考えが及ばず、何のお返しもできないうちに早くに亡くなってしまった、父方の祖父母に出来なかった分は、父に返さないとなぁと思います。



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冬です。冬が来ましたね。
急な寒暖差に負けることのないよう、あたたかくして元気に過ごしましょうね。
ずーっと昔に(ムダに)買ってしまったサンタさんがあったはずなのに、と、何年か前から探すような探さないような感じで過ぎ去っていましたが、意を決して実家の自室のベッド下の【開かずの収納】を開いてみたら、…出てきました。。。
そして同時に、もうほんとに、捨て去るべき色んなものを見てしまった…次の実家滞在でのミッションが決まりました。

サンタさん、我ながらちょっとキモカワなので、今度お見せしましょうね。
ふふふふふ



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…音楽の話がひとつもなかった焦。
前半戦の第九が降り番なので、まいにちモーツァルトをさらって牧歌的な日々です。モーツァルトは心の栄養です。
それと、今日は晩ご飯のあと部屋に篭って2時間、例のBoyz Ⅱ Menの譜面(19曲!)を読んでいたら、ゲーが出そうになりました(失礼しました)。疲れた。様子が分からない知らない曲を闇雲に練習するのは(先月来チョット慣れたような気がしたけど)、くたびれます^^; 合奏できるその時を楽しみにします。あと熊ん蜂。ふぅ

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