推薦状
学生に頼まれて、初めて「推薦状」たるものを書くことになりました。
どうやって書いたらよいものやら、こんな時代ですから、もしかしてネットで検索したら
『推薦状の書き方』
なんていうのも、出てくるのでしょうか。
でも、何となく、それは試さずに。帰ってから、預金通帳やら学歴証明書やら昔祖父母にもらったお祝いの封筒やらワクチン証明書やら甥っ子が小さい時に描いてくれた絵やら“だいじなもの”が入っている、自宅の小さい抽斗の奥を探しました。
自分がこれまでで一度だけ師匠に書いていただいた、「推薦状」。出てきました。
学部と大学院、合わせて7年間師事した師匠とは、レッスン室で、レッスンと関係ないような雑談や個人的な話や相談の類をできた記憶が殆どありません。先生の存在自体が怖くていつも緊張していたし、私はいつも出来の悪い生徒で、レッスン室には必死に練習した成果と気合を握りしめて、戦いに挑むかのように入っていき、毎回、ボロボロに敗れて情けなさで涙を堪えながら逃げるように退室していたと思います。私は師匠に可愛がってもらえるような器用で賢い生徒でもなかったし、期待してもらえるような上手い生徒でもなかった。先生の口からはいつも皮肉や謎かけみたいな言葉しか出てこず、先生があの独特なメガネの奥で本当は何を思っているのかも、いつも全くわからなかったんです。
そんな師匠に、この私について何か褒めてもらえるような推薦状を書いてもらえるのだろうか、お願いして失礼ではないのだろうか、「君なんて推薦できない」と断られないだろうか…ぐるぐる悩みながら、だけど、師匠の他にお願いできる大人も思いつかなくて、仕方なく、…お願いする側の私が仕方なくというのは甚だ失礼なんですけれども笑、ほんとに心の底から仕方なく、とぼとぼと、何を言われても(あるいは何も言ってもらえなくても)いいと腹をくくって、師匠にお願いに上がりました。
そしたら。
案外すんなりと受けてくださって、ほんの数日のうちに、書き上げて渡してくださいました。
師匠の達筆な字で、筆の立つ師匠らしく形式的でない詩のような文章は、さらりと簡潔なものでしたが、師匠が、これまでちゃんと私を見てくださっていたこと、私の変化や、成長を私のなかに見つけてくださっていたこと、未来への期待を持ってくださっていたことが、まっすぐにわかる文章でした。
いま、自分も教える立場になってみれば、それもまぁ当たり前とも思えるようなことかもしれません。でも、当時の私には、あまりに思いがけないことで、驚いて、驚いて、ぼろぼろと泣いてしまいました。
師匠のように流れるような文章は書けないけれど、私もドキドキ書いてみようと思います。
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