別れの春(後編)

(先月末からwifiの不具合で、書けても投稿できませんでした。もうすっかり季節感がおかしいですが日時も含めそのまま投稿します。)


妙顕寺の天国感が、増していました🌸
鴨川もいよいよ咲き進んで、あぁ、ふくふくと咲き誇る満開の桜は、見れば見るほど静かに豪華に咲いていて、その静けさに心が吸い込まれそうになります。
これだけ暖かいと、散り急いでしまうかもしれませんね。風に吹かれるより、雨に落とされるよりは良いとしても。気持ちがなかなかついていきません。
(本法寺の夕暮れ。)


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彼女たちの話に戻ります。

そんなこんなで、多い年、少ない年、様々あったけど平均して各学年7人くらいはクラリネット担当の子がいたとして、11年ですから、

ざっと77人、80人近い子たちを見てもらったことになるんです、おかげさまで。

…と、顧問の先生に教えていただきました。
もうここ数年は京都の吹奏楽が盛んな高校あちこちで、この学校の出身者の子たちが中心となって活動してくれているという話を嬉しく聞いたり、中心じゃなくても全然いいんです、盛んな学校じゃなくても全然いいんです、何なら、私としてはクラリネットを続けていなくても元気に生きていてくれたらそれだけで嬉しいんです本当に。でも、クラリネットを続けたとしたら、私は彼女らに、どこへ行っても恥ずかしくないだけの知識と技術を持たせて送り出したつもりなので、全く安心していて、彼女らが歩いたその先で出会った仲間や後輩たちに、うまく繋がっていけば、これ以上嬉しいことはないと思っています。だけど、クラリネットや音楽だけにとどまらず、この学校で/吹奏楽部で得た宝物や成長できたことを生かして、それぞれの場で元気に楽しく花を咲かせていてくれたら充分で、花なんか別にいいからとにかく元気でいてくれたら全く充分なんですが(元気じゃない子がいたらすぐ教えてほしい、飛んでいくから)、みんな本当に色々立派に頑張っていて、立派って色々広義です、頑張るも広義です、…時々会いに来てくれてもすっかりお化粧上手なお姉さんになっちゃってるから全然分からなかったりするんですが笑、顔を見せに来てくれたりして、先生はその度にとてもハッピーです。
みんなみんな元気かなぁ。現役の子達をみんなで見守ってくれたら嬉しいなぁ。


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私の昔の話に戻っていいですか。

中学3年に上がる春に、新しく赴任された顧問の先生は、新卒ピカピカの、ロングヘアでロングスカートの似合う、美人な若い女の先生でした。

こんなはずではなかったという整理しきれない思いを封じ込めて、封じきれずに荒れる2年生を必死にまとめようとしながら、何も知らない1年生に笑いかけながら、みんなで若い先生をどうにか助けよう、それが前の先生の願いだったはずだから、と、私たち3年生にとってはどれが自分の本当の気持ちかすっかり分からなくなったままの、とても苦しい夏だったことだけを覚えています。でも、若いその先生が、若いなりに、未経験なりに、だって大学をほぼ出たてのホヤホヤの先生です、何も出来なくても仕方ないと今ならしみじみ分かるし、あの時も必死に理解しようとしていました、でも若いなりに、一生懸命、真っ正面から私たちと向き合ってくださっていたことが、私たちにとっては本当に救いでした。
もちろん、とても大変ではありました。私たちも、たぶん先生も。




…その「若い先生」は、その後、私が進学した高校の吹奏楽部の、実はクラリネットパートの先輩にあたる人、だったりもしました。年賀状のやりとりを除いてもう長くお会いすることもなかったのですが、このご縁のおかげで、先日思いがけない再会を果たすことになりました。

高校の創立110周年記念のイベントでOBバンドのステージがあるから、と聞いて、急遽参加することにして(私は別枠で出ることになっていて、他のプログラムを直前まで全く知らなかったのです。それで急遽。迷惑。ごめんなさい!)、前日の練習に母校へ行ってみたのです。
合奏場に入ったら驚くほど人がいて笑、掻き分け掻き分けクラリネットの席にたどり着いたら、先生が!クラリネット持って!でも25年経っても全く変わらない美しさで!私を見つけてくださって、

「小谷口さん!!」
「せ、先生〜〜〜〜!!!」

びっくりびっくりの再会の日でした。

幾重にも懐かしいやら嬉しいやらで2人でキャァキャァ言いながら写真撮ったりLINE交換したりして本番も楽しんだのですが笑、本番が終わった夜に別れ難くて2人でご飯に行き、四半世紀!も前のことをまるで昨日のことのように色々話しました。私は(苦し過ぎたので細かいことをあまり覚えてないんですが)思春期特有にいろいろ面倒だったに違いない私を受け止めてくださった先生に感謝し謝り倒し笑、先生は、何も分かってなかったあの頃の私を許してねと何度も謝ってくださいました。そんなことない、確かに初めての事で戸惑われただろうけど、分からないなりに全力で私たちと走ってくださった先生には感謝しかないと伝えました。先生ご自身も今やすっかりベテランになられ、育てあげた子供たちを次の若い先生に託すという経験もなさって、その時の気持ちやあの時の気持ちやあの時の私たちのことやその時の可愛い教え子さんたちや新しい若い先生のことを思ってか、いろんな涙を流されていました。こんな人が恩師の1人で本当に幸せだなと、私も泣きました。あのちぎれた春が、25年経ってこんなふうに繋がるなんて。人生捨てたもんじゃないと、ちょっとだけ思いました。

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うまくまとめることができなくて、ズラズラ長々と書いてしまってすみません。
春の夜長?を言い訳に、どうぞお許しください。
今年初の、豆ごはん。
食べすぎてしまうから、と、躊躇してなかなか炊けなかったけど、やっぱり食べすぎて、反省。

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