チャイコフスキーとドヴォルザーク

“楽器の枠を超える”、という表現が、例えばスーパープレイヤーを讃辞したり宣伝したりする文句に使われることがよくありますが、枠って、超える必要あるのかな、と、ちょっと思います。
スーパーすぎて?、枠を超えすぎて?、もはや何の楽器の音か分からないような音って、演奏って、ありませんか。

『クラリネットじゃなくて、むしろ俺。』

みたいな。例えばですが。プレイヤーだけじゃなくて、楽器もですよね。いろいろ弱点を隠そうとした結果、無個性な楽器になってしまうとか。誰が吹いてもその楽器の音がしちゃうとか。整形しすぎた顔みたいに。
もちろん音楽的にや精神的にはどこまでも豊かで垣根なんてなくていいと思うんですが、私は、クラリネットらしい、クラリネットならではの長所と短所を愛した、そんな音や表現を探したいなぁと、思うほうです。むしろ、クラリネットらしさの“枠”をこそ大切に感じて磨きたいと。
ある日、演奏会に行って手渡されたチラシの束の中からふと目に止まって、そんなことを思いました。個人の感想です。

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悦子さんのリサイタルのことについて、書きたいことがありすぎるのに、全く書けないまま、日ばかり過ぎてしまいました。本当に書きたいことは、こんなところには書けないものだと、とても心が震えたことは、なかなか言葉にならないものだと、痛感しています。書けそうになったら、また書きます。


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今日はこれから大阪公演です。
(本番当日の朝、電車の中で書いています)
久しぶりにチャイコフスキーの4番に取り組んで、そして明日からはドヴォルザークの8番とチェロ協奏曲なので並行して準備していて、なんというか、この辺りの作品って、自分がオーケストラ奏者としてちゃんと機能できる人間になるために、オーケストラの中でドンとモノを言える奏者になるために(あ、音で、ですもちろん汗)、オーケストラの首席としてフルサイズなプレイヤーになるために、ものすごく苦労して、苦心して、試行錯誤して、闘った曲たちなので、なんというか、吹いていると、あの頃に思っていたこととか、あの頃出来なかったこととか、あの頃ここで震えたよねとか、色んなことが蘇ってきて、まるで自分自身の歴史を振り返るような不思議な気持ちになります。
ベートーヴェンの難しさとかとは、また全っ然違うんですよね。マーラーやショスタコーヴィチとも違う。チャイコフスキーとかドヴォルザークとかって、1番クラリネットで交響曲1曲吹いた日は、必ず寝込んでました。寝込まなくなったのは、10年くらい経ってから。体力がものすごく、体格がものすごく、要る感じがするんですよね。
マーラーは体力というよりは頭を凄く使う。ベートーヴェンはパワーというより運動神経。ショスタコーヴィチは神経がやられる笑。
チャイコフスキーやドヴォルザークを吹くには、自分には身体が足りないような気持ちが、とてもしていました。だからといって、小柄な女子がムリして金切り声をあげて何とかなるものではない。どこに向かって息を吸えばいいのか、どこから息を吐けばいいのか、どうやったらオーケストラを底からすくい上げるような音が出せるのか、どこへ支えを持ってきたら音程がうまく収まるのか、どうやったら弦楽器を迷わせずに誘い出せるのか。和声もオーケストレーションもそこまで複雑でない分、すなわちゴマカシが効かないので、音程も、響きも、バランスも、アゴーギグの工夫も、すごく勉強しました。悩みに悩んだ日々の色々が、楽譜に染みついています。長い年月を経てようやくこの手にできたことには静かに誇らしく思い、反面、何度やっても今だに苦戦するところは変わらず苦戦して、やっぱり難しい!と、唸るばかりです。


チャイコフスキー4番は、クラリネットは変てこなソロが多くて「4番かぁ…嫌やなぁ〜」となります(笑)。1楽章の歌いにくいソロもそうだけど、それよりも3楽章の、あそことあそこを乗り切るのに必要な気合いとか、覚悟とかっていうのは、正気の沙汰じゃぁありません。私が一生懸命練習していると、みんな気の毒そうに見てくれているようで目が笑ってる(被害妄想?)んです笑。凄く難しい上に緊張する上に恥ずかしい笑。頑張って吹いても恥ずかしいソロなんて、そんなにないです笑。あ〜ぁ、嫌。
昔は、3楽章に入ってあのソロが近づいてきたら、もう気絶しかけていたというか、その場で舌噛んで死にたくなってたなぁ。一度も死ねなかったし、気絶もできなかったけど。

でも、2楽章の切なさったらないでしょう。チャイコフスキーの悲しみは本当に深い。救われない人の、悲しみの底を見るような思いがします。

ドヴォルザークの悲しさは、そこまでではない。切なさはあっても、どちらかというとその先の「あたたかさ」に、心が向かう気がしています(個人の感想です)。だけどまぁもう何か呼吸器の全てを総動員してドハァー!!っと吹かないといけなくて、大変。通称“ドヴォコン”と呼ばれるチェロ協奏曲は、とにかく息が苦しくて。ドヴォ8(交響曲第8番)といえば、『虫』。あーまた虫か、と笑。ゲジゲジか何かの虫になれそうなあのメロディ。あるでしょう。あそこが来たら、「あー虫だな」と、皆さんも思ってください笑。


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本番を挟んで、途中からは帰りの電車の中で書きました。
大阪公演にお越しくださった皆様、本当にありがとうございました!腕を上げて拍手してくださる方が沢山見えて、とても嬉しかったです。そしてシンフォニーホールは舞台上の時差が少なくて本当に吹きやすい(泣)


聴きに来てくれていた父と合流して、焼鳥を食べて帰りました。よい夜。
つくね。


明日はドヴォルザークだから、西郷どんの録画を見るのは我慢して、早く寝ます!

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