真夏の新世界(苦)

梅雨明け宣言の後もすっきりしない天気が続きますが。

梅雨明け、なんて言われてウソみたいな清々しい快晴の日が来ても、雨の被災地にはどれほど虚しく感じられるだろう…時折現れる青い空を見ても、夏の匂いの風を感じても、そのことが頭をよぎります。


自分がハッピーな時に、同じとき世の中にアンハッピーな人がいることを想像するのが難しかったり、アンハッピーの底の底は計り知れないということに呆然としたり、また逆に、自分がアンハッピーな時にハッピーな人のことを我が事のように喜ぶ心の広さがないことを恥じたり。もちろん、いつもどんなときも色んな状況にある全ての人のことを考えることなんて出来ないし、そりゃもうそうなんですけど、それでも時々、はっとすることがあります。


コンサート会場いっぱいに駆けつけてくださるお客様も、皆さんお一人お一人にその人それぞれの今日や昨日や明日があって、さまざまに色んな「今」を抱えてその場に座ってらっしゃるんだろうな…と、この間、定期の二日目だったかな、客席を眺めながら、ふとそんなことを考えていました。それはまぁ、舞台の上も同じで、音出す側にも、仕事とはいえ、人間だもの、色んな日があるわけですけれども。まぁでも今はそのことは置いておいて。

ふとそんなことを、じいっと、考えていたのです。


…そうだとしたら。


やっぱり、私は、音楽の明るい部分を大切にしたい。朗らかで、フッと、ほどけるような柔らかさや、傷んだ心に出来ればスッと染み込んでいけるような澄んだ音や、沈んだ気持ちをふわっと掬い上げられるような優しくて強いエネルギーを。


もちろんそんな音楽ばかりでないし、そんな役回りだけで済むわけがないけれども…ブラームスだったから、特にそんなことを思ったのかもしれません。

だけど、音楽は、誰かを圧倒したり、凌駕したり、戦ったりするものでなくていい。それでも、な、何かであるためには、やっぱり、圧倒的な『うまさ』(上手さ、巧さ…)が必要で、だから、やっぱりうまくなりたい。ものすごく。驚くほどしなやかに、誰かの心に透明なハッピーを届けられるような、2000近くの客席のなかで一番弱った心にすっと馴染んでいけるような、無敵なうまさが欲しい。安い言葉を軽々と超えるようなうまさが欲しい。そのために私は目指す音や音楽を探しているし、ほとんどそのためにしか、私は音楽をやっていない。


名古屋公演もとても楽しかったです⭐︎

ズーカーマンさんへの、広上さんからのお誕生日ケーキ(※詳しくは京都市交響楽団オフィシャルブログ『今日、京響?』をご覧ください)、の、おこぼれ頂戴いたしました↑。Fl上野くん(メタボ解消ダイエット中)が持ってたケーキ(左)と一緒に記念撮影。私も有言不実行ダイエット継続中。痩せないね談義をしながら痩せない原因を頬張るわたくしたち。おほほほほ。


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みんなのコンサート2017、始まっています。

第一弾は、北大路の北文化会館と、椥辻(なぎつじ)の東部文化会館で、トランペット首席・ハラルド君のソロを目玉に2公演、無事に終わりました。

オスカー・ベーメのトランペット協奏曲(コルネット版)ってどんな曲だろうな〜と思っていたら、聴いたことありました笑。学校の金管フロアで時々聴こえていたあのメロディー。はーこんな曲だったのね。オーケストレーションはお笑い(ベーメ氏自身によるものではない。かなりB級!)だったけど、突然トリスタンぽい響きがしたり笑、急にモルダウの後半みたいなところがあたり笑、第3楽章の冒頭なんて新世界の終楽章を早回しにしたみたいなアレで笑、なんか色々面白かったです。

今日は、ハラルドの娘ちゃんたちもガラスの向こうの親子室で鑑賞していたようで、娘ちゃんとそのお友達たちらしきおチビちゃんたちが、(おとうちゃんが満場の拍手を受けている時)親子室の暗がりの中でぴょんぴょんぴょこぴょこジャンプジャンプして喜んでいて、それがコチラからうっすらだけどありありと見えて、可愛くって可愛くって私たちもすっかり和みました◎笑。

ハラルド、ブラボー!!!


古い小さな会館は、壁が近くて、舞台の奥に向かって天井も壁もすぼまって、照明の光も熱も全部集まってくるので(舞台の上は空調なし)、舞台上は奥の列に行けば行くほど暑くて、この2日は本当にヘバりました(◦▽◦)。天に召されそうでした(◦▽◦)。新世界は体力を要する息の苦しいソロが最後まで続くので、それ以外をできるだけ死んだフリして何とか乗り切りました。真夏の新世界はキツい。痩せそう。(気のせい)


ハラルドのコルネットリサイタルは9月27日、京都コンサートホール・ムラタです!


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