もしもの支度

終活終活、と、冗談で言っているつもりはないけれど、ちょっと気軽に言いすぎて、その割には特に行動に移せていないという自覚は、ずっとありました。


自動車教習がいよいよ佳境で、高速教習(最大3人の教習生と教官で乗り合わせて、高速道路を走る実習)がありました。
一応、もしもの時があったとしたら化けて出ることをしなくて済むよう、…さて何をするべきかと、数日前からソワソワしていました。

旅や仕事で飛行機に乗る前なども、何となく、生きて帰ることがなかった時の為にと、バタバタの中で出来る範囲で片付ける習慣が、ほんのりあります。だけど大抵、思うようには片付けきれず、
「…これは意地でも生きて帰ってこなければ!」
と思いを強くして、勇んで出かけることになります。無事帰ってこられれば、また、この散らかった生活の続きを何もなかったように引き受けられるのです。帰ってきさえすれば、無問題。
だけど、今回は、あの鉄の塊をこの手で操縦して、80km!を出すというのですから。


まず、念のため、親の顔を見に帰りました笑。念のため、これまでのお礼と、今まで楽しかった旨を伝え、だけど普通に過ごしました。最後の思い出は、普通のほうがいい。
その後、自宅に戻り、ある程度の片付けと、人に送る予定をしていたものの発送を済ませ、借りていた本を返し、通帳や保険などお金関係の色々を一ヶ所に集め、いつもなら年が明けてからしか絶対にしない確定申告のための領収書も簡単にまとめ、わたし亡き後に家族が来たら分かるようにしました。あとは、しようしようと思いながらそのままだったことのいくつか…古紙の整理と、ガスコンロの掃除、ゴミをまとめて、卵と納豆が切れたけど新たに買い足さないようにし、洗濯物を残らず洗い、家族に簡単に書き置きをしました。
最後に伝えたい言葉は、明るく簡単なものでした。
出かける前、最後の食事に食べたいものも、いつもの近所のおかあさんの(お店の)ごはんじゃなくて良くて、向かいのスーパーのサラダ巻(←すき♡)で十分でした。それとプリン。

一生懸命片付けるのは、後を始末してくれる家族にかける迷惑を少しでも減らすため。それと恥ずかしい(!)から。でも、片付けさえある程度気が済めば、それ以外に特にこの世に何の未練もないことを改めて自覚しました。家族や友人には、楽しそうにしていた私の記憶だけを残したい。悲しまれたくないし、お疲れ様〜と言って送り出してほしい。だって、結構がんばって生きたもの。笑って許して、こんなもんで勘弁していただけたら嬉しい。

…ただし、『片付けさえ』、というこのたったひとつの譲れない条件をクリアするのが、実はかなり難題だということを、当たり前だけど今回改めて痛感しました。

時間の許す範囲でできた片付けは、しれたものでした。もっと捨てたいものがあったし、もっときれいに掃除したかったし、まったく不本意。化けて出てこないで済むギリギリラインを狙うのがやっとでした。それに、今回はひとまず覚悟の日が決まっていたからある程度目標を定めて動けたけど、本来「その日」「その時」はいつ来るか分からない。…ということは、普段からもっともっと、身綺麗に暮らす必要がある。絶対の絶対に。

それと、いざとなったら家族に伝えておくべきことを後から後からたくさん思い出しました。楽器をどうしてほしいかについて。楽譜は欲しい人がいたら譲ってもらったらいいと思っていること(恥ずかしい書き込みも生きてるうちに消しておく必要が!!)。それから各種関係先の電話番号や、暗証番号、パスワードの類も全部書き出して。つまりエンディングノート的な何かをひとまず作る必要がそろそろあるなと感じました。必要があるというよりは、そうしておきたいなと。あとで家族が困らないように。
それから、臓器提供の意思表示は既にしてあるのだけど、検体登録についても、やっぱり早めに調べようと思う。

当日は、勝負下着とまではいかないけど一応上下の揃った下着にして笑、靴下の毛玉を取って、いざという時に切り裂き易そうな服にして、心臓マッサージの時に痛そうだからネックレスは付けないことにしました(先日応急救護の授業を受けたばかり!)。出かける準備がある程度ととのって、時計を見ると、出発するべき時間まで15分程ありました。やり残した片付けやらは山ほどあるけどもう諦めた、さぁ、これで世を去るなら、私は、後は何がしたかったかなぁ…と考えて、

「楽器吹いとこ。」

と楽器を出し始めた自分に、ちょっと笑いました。最後は、時間が許すなら、全調スケールを吹いて、よし!と終えたい。結構音楽家かもしれない。または、きもい笑。
(最後にスワブを洗っておきたかったという心残りに気づきました)
(玄関を出て、しまった自転車も磨きたかった、と思いました)


…しかしながら。結局、かなりあっけなく、ほぼ完璧に予定通り無事に帰還できました◎。
高速教習、楽しかった!笑。

今回のメンバーもかなり楽しく、カワイコチャンな大学2年生と4年生と私、そしてクールなキャラなんだけどちょいちょい静かに優しくて惚れるA先生。初めての遠出(約3時間半!)、初めてのETCゲート通過(ぴょこん♪)、初めての高速in(緊張した!)、初めての80km(でた!)、初めての高速内トンネル(ちょっと怖)、初めてのパーキングエリア侵入(休憩してみんなで記念写真しました☆)、そして初めての高速脱出などなど、みんなで「初めて」を共有し合って、帰り道はちょっとホッとしながら雑談に花を咲かせ(るけど気を引き締めて!)、そうしてまた、喋り足りない名残惜しいどうしよう又会おうねとワーワーしてバイバイしました。自分とはまた違う運転で沢山の気づきと学びを与えてくれた仲間と、未熟な私たちに大切なお命を預けてくださったA先生に感謝で一杯です。


***
主の戻った自宅は、ものの数時間で元の乱雑さを取り戻し(←あかん)…でも、これはこれで落ち着く感じ。冷蔵庫にも食料が戻りました。今日も明日も変わらず生きているために、私のそばで現在進行形でいてくれる、すべてのものやこと。生きていく実感。未来の計画。やり残したことをゼロにして美しく去るなんてとても出来ないと分かりました。やり残しは後から後から出てきて、まだまだとても心穏やかには死ねそうもない。だから、「途中だけどごめん、後をよろしく」と頼れる家族の存在の有難いこと。頼るのもきっと大事だということ。自分がほんとにしたいことは何?と考えてみること。要るものと要らないもの。
「もしもの時」に備える支度は、少しでもマシに死ぬための準備なんだけど、いつかやってくるその時までをどう生きるかについて考えることと繋がっているなぁと、改めて、元気なうちに色々ちゃんとしようと思いました。



※死ぬかもしれない、などということについて、軽々しく書いているように伝わって、ご不快な思いをされる方がいらしたとしたら、お詫びします。でも私はこれで結構大真面目です。立場が違えばきっとまた全然違うでしょうし、私自身もまだ考えが及んでいないこともあるかもしれませんが、「その日」は突然来るかもしれないということを、今の私の状況からに限定して、考える練習をしてみたという話、ただそれだけということでご理解いただけたら幸いです。病に伏して、痛いところがあって、「その日」を現実として感じる時には、また全く違うことをきっと思い、もしかしたら書くかもしれません。健康であってもそうでなくても、若くてもそうでなくても、「その日」はいつ誰のところにやってくるか分からないし、突然いなくなるのは自分かもしれないし、自分の大切な人であるかもしれない。先立つのが辛いか、先立たれるのが辛いかは比べようもないけど、だからやっぱり時々は考え、生きていられる有難さを思い出し、生きてくれている感謝をどんどん言葉にして伝えていかなきゃなぁと、結論としてはそんなところです。おわり。


(関係ないけど、休日に出かけた先で出会った、モモちゃん。モモちゃん大きくてもふもふでした。庭先でゆったりお昼寝してて、可愛かったです)