寄り添う

教習所に通える日々が残り少なくなって淋しい…と、しょんぼりしていたら、さらにその上、年内に受けられる卒業検定の日がひとつもないことが判明して、ますますしょんぼりしているここしばらくです。
残り少ない実車教習を、まだまだ先の試験直前まで何とか大事に残して、だから、年内はだいじに1回だけ。もう、エンジンのかけ方も忘れてしまいそう。はぁ、ひもじいです。今なら、ひもじさを音で、とても表現できる私な気がします。ひもじいassaiです。

(※assai【伊】: 非常に。きわめて。)



先日、2日間びわ湖ホールに通って、テノールの福井敬さんのレコーディングが行われました。
万感すぎて写真も何もないどころか、何を書いたらいいか分からないほど万感でした。息をのむ緊張感の連続で、帰ったらいつもと違う種類の疲れがドッとくるのだけど、電車の中でも家にいてもご飯作っていてもお風呂に入っていても福井先生の精悍でドラマティックな歌声がずーっと頭の中に響き渡っていて(今もです)、何とも幸せな時間でした(です)。

テノールにクラリネットといえば、何よりもまず『トスカ』の「星は光りぬ」が浮かびますが(今回も入れていただきました。もちろん緊張しましたとても。)、実は、分かりやすいソロよりも、様々なオペラの中でテノールの歌う場面にユニゾンで併走して色を添えさせてもらう役割を担う機会は案外多くそして味わい深く、これは他の楽器にはない特色だと思っています。青年が希望にあふれて歌い上げるとき、切々と愛を語るときには、ヴィブラートのない澄みきったクラリネットの音色が相応しいのだと感じます。全てを悟って諦めるときや、人生の最後のため息に寄り添うこともあります。

今回も、恐れながら、震えながら、心から寄り添わせていただきました。舞台に立つ歌手に、オケピットから寄り添う時は、歌が後方から飛んでくるのを空中でキャッチして乗っかれば良いので予測はそれほど難しくないのですが(たぶん)、今回のように、ソリストがオーケストラの前に立たれて前を向いて歌われているのを、私はオーケストラの奥のほうから、ソリストの背中の微かな動きなどだけを頼りにほとんど推測と祈りだけで寄り添っていく必要があるので(聴いて吹いたのでは間に合わないし、吹き始めたら殆ど聴こえない)、特にピットで吹いたことのある曲で、その違いと難しさについて改めて気づくことになりました。結局、どれもこれも何も言われずに終わっちゃって、確かめる手立ては私にはなく…答え合わせは、完成したCDを震えながら再生するその時になるということです…祈ります…


福井先生がタイトルロールをつとめられる、来年のびわ湖オペラ『ローエングリン』の詳細と発売日が発表されたようです。
大学2年生の時、まだ出来たてだった新国立劇場で福井先生のローエングリンを観て聴いて、心打たれて何度も擦りきれるほど聴いたあのローエングリンを、まさか私もご一緒できる日が来るとは…今でもまだ信じられないような気持ちです。そしてあの切ない物語を、最後まで気絶せずに演奏しきれるのか、しんぱいです…(がんばります)
(いつかの琵琶湖)

楽しみな来年のいくつかを、私も、少しずつお知らせできそうな気がしています。また書きます。