巨星ふたりに会ってきた

今や日本じゅうを、そして世界を飛び回って大活躍されている闘うピアニスト・赤松林太郎さんは、実はおなじ高校で一級違いです。

単なる普通科の高校だったのに、全校あげての合唱コンクール(歌以外でも勝負する一発芸コーナーみたいなのと抱き合わせのコンクールでした)のクラス芸で、私の学年にはピアノ椅子に仰向けに寝転がったまま曲芸師のようにピアノを弾く男子が一人いました。それと、ひとつ下の学年に、これまた耳を疑うようなピアノを弾きまくる天才男子がいました。その子が、いま思えば、あれはたぶん赤松くんでした。あまりにも天才らしいとの噂で怖気づいたのと、私の高校時代に余裕がなさすぎて、ついぞ学生服を着た時期に言葉を交わすことはありませんでした。

あんな近くにいたのに、あの頃もっと勇気を出して話しかけていたら、仲良くなれていたら、私の今はもしかしたら今とは全然違っていたはずなのに、それが出来なかったのは私の高校生活が事実上1年と9ヶ月しか無かったからなのか(高2の冬に震災がきました)、私たちが余りにも違いすぎたからどだい無理だったのかは、今でも分かりません。いや無理だったなきっと…

大人になって、時代も変わって、Facebookで偶然繋がって「お友達」(笑)になれた数年前から、改めて交流が始まりました。

彼は彼の信念に従ってものすごいエネルギーで自分の音楽を極め、その傍らで、現在は全国の沢山の子供達や才能ある若手に自分の血や肉を惜しみなく分け与えるように指導の活動もされています。その無尽蔵の知識や経験から発せられる言葉がまた穏やかでありながらとても力を持つもので、彼の考えや文章にはいつも、私の理解などとても及ばないながら感銘を受けています。そして、Facebookで彼の活動情報が容易にわかるおかげで、最近は実際に会えたり、彼の演奏に接する機会に恵まれています。いちどき同じ学び舎にいたということだけで、実際会って話すのすらまだ数えるほどだというのに、大人になって同じ業界で懸命に生きる仲間意識みたいなものが自然に働くのでしょうか、えらい先生なのに謎の親しさで馴れ馴れしくさせてもらい(年の功もあるかもしれない笑)、母校というのは有難いものだと改めて思います。


前置きが長くなりましたが、その赤松大先生が、ウチから自転車で10分ほどの所にある楽器店さんで、街のピアノ教室の先生方対象のような公開講座を持たれるということを知って、行ってきました。

素晴らしい会でした。2時間、赤松先生の言葉を逃すまいといっぱいメモをとって勉強しました。記憶が確かなうちにミミズ文字を清書して保存しておこうと思います。

それと、受講されている先生方も懸命にメモをし聞き入っておられるお姿を拝見していて、とても素晴らしいことだと思いました。子供たちの皆が、世界の本物を知る一流の音楽家から指導を受けることは無理です。だけど、赤松くんのような本物の音楽を知り尽くす人が、わかりやすい平易なことばで音楽の真髄を先生がたにお見せし、先生を通じて多くの子供たちに伝わる。とても価値のある、実のある啓蒙活動。赤松くんは一人しかいないけど、彼の思想や理想や信念は、ひろく伝わっていく。こどもが小さな手で弾くおたまじゃくしは、私たちプロフェッショナルの音楽家が日々魅了される音楽の躍動に、じかにつながっているから。彼が、彼の貴重な人生の時間をできる限り費やして日本じゅうを飛び回っている意味を目の前で鮮やかに見せてもらって、演奏家としての私自身もお腹いっぱい勉強になって、指導者としての私自身にもたっぷり栄養をもらいました。…その夜に来た生徒には、けっこういいレッスンが出来たんじゃないかと思っています?笑



赤松くんの近著です。

道和書院:『赤松林太郎 虹のように』

読んで、これまた言葉を失いました。こんなふうに生きられる人は世界に何人もいないと思うけど、でも、…なんて言ったらいいか分からない。ぜんぶのページでため息が出ます。彼の生き様を垣間みせてもらうと、超のつくほど平凡な家庭に生まれて、私なりに出来るだけのことを頑張って、ぎりぎり、単なる日本的に必要充分なありきたりなキャリアを重ねて、それにきっとかなり守られるようにして生きてきた自分のヤワさを恥じるよりほかありません。でも、それでも平凡の悲しさを胸いっぱい抱えて精一杯私なりに闘ってきたおかげで、赤松くんが何を言っているかはっきり分かるように感じられることも今の私には少しはあって、だから、私は、これはこれで恥じずにいたいと思っています。


サインもらいました♡



赤松くんの講座に参加した朝の、前の晩には、先週につづいて再び上京し、現読売日本交響楽団首席クラリネット奏者の金子平くんのB→Cを聴いてきました。私が院生だったときにスーパー高校生だった金子くんは、あどけない笑顔はそのままに、文字通り現在の日本の最先端を見事に示す夜を、我々に堂々と体験させてくれました。どれもこれも唖然とするような、ものすごいプログラム。非の打ちどころのない、まっすぐで、まっとうで、クラリネット演奏の教科書のような、澄み切った見事な演奏でした。日本クラリネットの最前線、すごい。同業者としてはあんまり目立つところで聴かないのがマナーだけど、新幹線で頑張って行ったのと笑、金子くんからできるだけ学びたい、盗めることがあったら盗みたいと思って、マスクで変装して出来るだけ隠れて、こっそりかなり最前列(の端)で聴きましたが、巧すぎて何の参考にもなりませんでした笑。

文句なしに素晴らしい一方で、演奏とか、音楽へ向かう行為に、『人の心を動かしたい』というような種類の熱を全く感じない(そもそも求めていない)気がするのは、彼らの世代のひとつの傾向かなとも改めて思いました。果てしなく、すごい。それだけ、という、潔さ。


サインもらいました♡

ペンがmorendo…


*****


二人の若き巨星にいちどきに接することが出来た幸運と嬉しさを抱えて家に戻ってきて、うーん、それで、私には何ができるんだ?…と自問もしました。

あふれる才能とたぎる情熱で自分だけの道を見事に切り拓いた猛者、赤松くん。

まさに平成の東京が生んだスマートな天才、金子くん。

彼らと比べてしまったら、凡の沼地で泥にまみれて、それでもお月さまに憧れてやっとひっそり咲いた小さな蓮のように自分自身を思います。もっと知性にあふれた家に生まれていれば。もっと早くきちんとした機能的な音楽教育を受けられていたら。苦労がありすぎたし、悩みすぎたし、これが限界だった。もう取り戻せない時間や、巻き返しのきかない途方もなさを思うとやさぐれそうになります笑。だけど、今は、ようやく、自分には何の価値もないとは思わない。凡の沼地の栄養を吸い込んだ私にこそ出来ること、それなりの役割があるとも今は確信します。環境は選べなかったけど、自分の人生を自分で択んだ自負があるのは私にとって救いです。お月さまに憧れたのは私で、許し見守ってくれたのは両親。見上げた方向はそれなりに間違っていなかったとも感じています。

今できる精一杯を勉強して、憧れを出来る限り音にして、そして私も次に伸びあがろうとする蕾たちを励ましたいです。


Sie blueht und glueht und leuchtet und starret stumm in die Hoeh'

Sie duftet und weinet und zittert vor Liebe und Liebesweh.


ハイネです。



♪♪♪♪♪♪♪♪
これは先日堪能した鰻しゃぶー♡@おお杉
ふふふふふふふふふふー!!
(この日を境に食欲は見事戻り、色々元の黙阿弥です)

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