名古屋と京都
5/22京都市交響楽団 名古屋公演、そして5/23レーガーKlソナタ全曲演奏会@Cafe Montageにお越しくださった皆様、配信をお家でお聴きくださった皆様、本当にありがとうございました。
名古屋は、客席半分かなと思ったらそんなことはなくて、ズラっとたくさんの温かいお客様に迎えていただきました。愛知県芸術劇場のホールの音響の素晴らしさも、改めて心に沁みました。自分たちのホームもこんな良いホールだったらなぁ、と思いつつ、あの不思議な砂漠でこそ鍛えられているのかもしれない、と、半分では思っています。
オールシベリウスプロ、とても楽しかったです。フィンランディアの冒頭から、京響のブラスセクションがいかに唯一無二であるか、ご堪能いただけたと思います。木管のコラールも含め、フィンランディアは京響がたぶん日本で1番良い音がすると私は思っています(個人の感想です)。三浦文彰さんの素晴らしさはもう私の語彙力でお話しする自信がありません。オケの全員と客席の全部が魅了されて、幸福な時間となりました。シンフォニー第2番も、やはり良い曲。ヴァイオリン協奏曲の凍てつくような寒々とした響き(←これを体感したくて、若かりし頃の私は真冬のフィンランドに旅しました。寒すぎて頭痛がしました…)に対し、第2番の冒頭は、春が来た、ようやく待ち望んだ春が来た、と、芽吹きの音がする気がしています(個人のイメージです)。嬉しい。演奏するにもアンサンブルがとても難しい曲で、オーケストラ初心者マークの頃に、散々、苦心惨憺、勉強した跡が楽譜と心に刻みこまれています。今は全然困らないけど、改めて、オーケストラ奏者って、最初の数年、レパートリーがだいたい一巡するまでくらいの時期に、一生分の濃い勉強をするんだな、と、あーあの頃はキツかったな、全然生きた心地がしなかったもんな、あの頃の自分に今助けられてるな、ありがとう、と、思います。もちろん、細かいブラッシュアップや、技術の維持向上の努力は間断ないのですけれど。
そして。
翌23日にCafe Montageで休憩なしの長いコンサートを聴いてくださった方々。ありがとうございました…大丈夫でしたか…
レーガー、大丈夫ですか、というのと、お尻、大丈夫ですか、というのを、途中何度もお聞きしたくなったけど、そうだ今日は喋っちゃいけないんだと思って、必死にこらえました。
大丈夫だったでしょうか…
配信も、モンタージュさんとしてもびっくり仰天されるほど、全国津々浦々からたくさん聴いていただいたようです。お聴きくださった皆々様、本当にありがとうございました。
マックス・レーガーを語るとき、まずは【extreme(=極端な)】という言葉がキーワードになるのではと思います。2mを超える(180cmはゆうに超える、という記述もあるので不確かです)身長と100kgを超える体重で「ドイツ最大の作曲家」と呼ばれ、暴飲暴食、極度の肥満、ニコチン中毒、過労の果てに心筋梗塞で43歳の若さで亡くなったというエピソードも象徴的ですが、楽譜の上でも、ppからffではとても許してもらえない極めて広い音量指示や、長い長いフレーズ、あまりに緻密に積み上げられ編みこまれた楽曲の全体、転調のしすぎ(笑)、ピアノには突如として何かの間違いかと思うような苛烈な運動と膨大な音数を強い、クラリネットは肺機能の限界を試され、暴風が吹き荒れたと思えば突然天国のように美しい場面が現れたり、…美しい場面の美しさが究極的なのでシビレるけれど、アンサンブルや拍節の組み立てがとてもトリッキーなので集中力を終始極限まで高めておかないと転覆しそうな、例えるならまるでマジックハウスに迷い込んだように平衡感覚を失いそうになる危うさに晒され続けます。その名の通り、何もかもが、「Max」なレーガー。そりゃ、誰もやりたがらないわけだ、というのは、やってみて改めて分かったことです。でも、深く勉強して初めて分かることもたくさんありました。難解で、いろんな意味で究極に困難な作品ですが、私たちが演奏することによって、「いい曲だな」と思ってもらえて、もっと演奏されるようになったら嬉しいな、と思っています。(まず弾きたいと思ってくれるピアニスト、そして弾けるピアニストを探すことが、非常に困難と思われます…)
5/29の東京公演に向けて、配信用に収録していただいた録音を聴き返しながら、できることをしっかり積み直して、残る数日を元気に過ごしたいと思います。
悦子先生との、至福の時間。
感謝で一杯です。
(20歳頃に買って、買ったものの、若い頃にはシンプル過ぎて似合わなくてあまり上手に着られなかったドレスというほどでもないロングのワンピースが、43歳になって重宝するようになりました。人生わからないものです。)
0コメント