地団駄の実

向田邦子さんの「夜中の薔薇」という本の、最後のほうのエッセイに、時計と闘った若い頃の話がありました。

1日は24時間、1ヶ月は30日、1年は365日。若い頃はいつも時計を睨みつけて、したいこと、すべきことの山に埋もれるように気ばかり焦って、時間の奴隷になっていた。毎日何かに追われるように過ごして、焦る割には事は思ったようには運ばなくて、その度に「かけがえのない時間を無駄にしてしまった、取り返しのつかないことをしてしまった」と地団駄を踏み、過ぎゆくカレンダーに怯えるばかりの20代だった。
振り返って考えたとき、特に才能もない自分が何とか今のような仕事をして暮らしてゆけるようになったその原点は、あの「地団駄」にこそあったのではないか。たしかに努力もしたし人に学びもしたけれど、実ったのはその部分ではなくて、焦り、絶望し、自分自身に腹を立て、やり場のない何かをどこにぶつけていいかわからず爪をかんでいた、あのわけのわからないエネルギーではないかと思う。

…自分の好きなところを好きなふうに要約すると、だいたいそんなことが書いてあってですね、まさに!と思ってしまいました。焦り!絶望!自分に腹を!やり場のない何か!笑。
私も、若い頃、というか、ほんの少し前まで、いや、今もかな笑、とにかく毎日毎日、さらわなきゃ、さらわなきゃ、と、そればかり考えていました。朝起きたらまず「今日は何時間練習できるだろうか」と時計を睨みつけて誰より早く練習室に入り、昼ごはんと晩ごはんをどのようにしたら一番練習時間を確保できるのか考えながら練習し、誰よりも長く練習室に居ることだけは確か…だけど、音が鳴ってる時間よりも悩んだり落ち込んだりしている時間のほうがきっと長かったです笑。あの頃はスマホもなかったですからね、ただうなだれて、落ち込んでいた!(暗)。休みの日も「これをしたら、あそこへ出かけたら、練習時間がこれだけ減るから…」と考えると結局どこへも出掛けられず冴えない休日を過ごしてしまうような、とにかく「練習しなければ」という強迫観念みたいなものが頭から離れない、暗くてつらい音大生でした笑。いま音大生の皆さん、頑張ってる皆さん、つらいですねぇ。ちゃんとごはんは食べるのよ。休みの日も、時々は休みの日らしいことをするのよ。私みたいにならないで。
仕事をし始めてからは、学生時代の極貧から抜け出したことで精神的には少し楽になりましたが(練習室を出ても昼ごはんに200円はかけられない、みたいな惨めさがなくなりました!祝。)、今度は「練習しないと間に合わない(かもしれない)」恐怖と戦うことになりました。今は、「時間がない」笑。仕事の隙間を縫って泣きながらさらう大人になっております。1分2分にカリカリする生活から早く足を洗いたいのにと思うばかりですが、でもやっぱり、才能もない私が何とか今ここにいるのは、無駄で謎だったかもしれないけどとにかく猛烈なエネルギーで焦り、絶望しながら自分を燃やし続けた、それ以外に理由が見つからないなぁとも思います。だとしたら、まぁ、いいのか。いや、どうかな。でも、まぁ、邦子さんもそう言ってることだし、と、思うことにします。


燃やすのはいいけど、生活や頭の中がバタバタしていると、音楽もそんなふうになってしまいますからね、ほんの少しの時間でも、うまく頭と心のぐるぐるざわざわを手放して、まっさらに、音楽に没頭できる自分を保ちたいです。

明日は、最後から2番目のリハーサル。
頑張ってきます。
皆様もよい日曜日を◎

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