I pini del Gianicolo《松》
6分間練習でどれだけ氷の状態を確かめても、どれほどいつも通りにやろうとしても、その瞬間、どうなるかは誰にも確かには支配できない。トリプルアクセルを思い切って踏み切る勇気も、寸前に察知してダブルアクセルにとどめる勇気も、なんとか回転してギリギリのところでこらえる巧さも、跳び急いで詰まってしまう気持ちも、ハッとなってシングルになってしまう感じも、わかる気がする。転倒してしまったとしても、その向こうに無数の練習と成功の積み上げがあったことも、見える。
フィギュアスケートNHK杯をずっと観てました。
リード楽器のハイリスクなソロなんていうのは、本当に危うくて、氷上の彼らと同じようなもので…す……と言い切れないのは、我々は幸いにして彼らのように国民的に注目を集める人気競技ではないことや、日の丸を背負ったりしなくてよいことや、スポンサーに支えてもらってるわけではないことや、全国生中継されたりしないこと。派手にコケても体はどこも痛くないこと。凍えるような気温でないこと。痩せてなくても大丈夫なこと。笑…だから同じにはできないけれど、気持ちだけは手に取るようにわかるような思いで観ています。だからいつも、フィギュア観ながらボロ泣きです。
でも。『先程のソロ』をスローで何度も再生されながら
「今のは発音の瞬間にリードを信じきれませんでしたね」
「跳躍の前に踏み込みすぎましたね」
「ここでレガートが途切れてしまいました」
「息の支えがちょっと抜けてしまいました…」
「うーん、狙いは良かったんですが…この音程には減点が入るかもしれません」
なんて、いちいち解説されたんじゃタマリマセンから、やっぱり、我々はこの業界で良かったです。リンクサイドでコーチが待っててくれて、抱きしめてくれたりしなくても、ひとりぽっちでも、全然こっちでいい笑。
リハーサルで全てうまくいっていたソロを、本番で突然ポカッとやってしまう、の恐ろしいパターンを先日久しぶりにやってしまって、もうどうしたらいいか分からない、何も信じられないし、失敗しないまで練習するのだって何の役にも立たない、もう嫌だ…という最悪の精神状態から抜け出せないまま、今週の《松》を迎えるのは本当に恐ろしいことでした。《松》のソロは、本当に、できる時はできるし、できないときはできない、キマった時はトリプルアクセル並みの点が叩きだせるかもしれないけど、思い切り方を間違えたら、転倒の無惨か、みんなの無言の慰めを一身に浴びる地獄か。リハーサルでうまくいってもアテにならないなら、リハーサルでたくさん失敗しておけばいいじゃない、と思うかもしれませんが、公衆の面前で恥をかく負の記憶は、本番に向かって恐怖を増大させるだけだから、できるだけ避けたい。リハーサルであんまりうまくいっちゃうと、先日のおぞましい記憶が蘇る。良いリードは本番1発に置いておきたいし、さりとて中途半端なリードでは吹けない。何なの!?!?
…というわけで、今回は自分が勝手に最悪な状況だったので、できるだけ無になって、リハーサルとGPをやり過ごしました。
アテにしていたリードを本番直前に折ってしまうという不運も引き寄せてしまい、もう知らんと思いながら、本番は、かつて訪れたローマの、ジャニコロの丘の満月を思いだしながら吹きました。もう、無になるしか。
渾身のトリプルアクセルというわけにはいかなかったけど、今の私にできることを全部しました。神様ありがとう。
《ジャニコロの松》には、
『ざわめきが大気を通ってゆく。ジャニコロの丘の松は満月の明るい光の中で、くっきり浮かび上がっている。ナイチンゲールが鳴いている。』
と書いてあります。
私が10年前に訪れた、夜のジャニコロの丘は、バイクの若者の出会いの場のような、ちょっと戸惑うような騒がしいところでしたが、そこから少し離れて、松林のようなところに入っていくと、サーーーっと風が吹いて、見上げると、枝々の間からぽっかりと、しずかな丸いお月様が浮かんでいました。ナイチンゲールは鳴いていませんでしたが、心の中で鳴いていました。レスピーギの描いた音楽の通りの光景でした。
佐竹くんのピアノで風が吹き、だんだん止んで、見上げると、お月様。クラリネットは、たぶん、お月様係で、視線の移動と、ただそこに静寂があることだけを示すソロ。
「音がないよりも、音があるほうが《静寂》を色濃く感じる」音
という役割を、クラリネットはしばしば引き受けますが、このソロもそのように思います。だから難しい。自分からは積極的に語らず、一点の曇りもないように切りぬけなければならないから、怖い。でも、凄いソロ。何も知らずにクラリネットを必死に勉強していた若い頃に、見事な演奏に接する幸運な機会があって、
「オケマンって、スーパーマンだ!」
と強烈に感じて、オーケストラプレイヤーを目指すきっかけになった、凄いソロ。
でも、悲しいことに、体力的な難しさのある私には、このソロは、息が持つかどうかがまず大きな問題で、
あの、健康診断で肺機能を検査する時(あるいは肺活量を測る時)に、技師さんに
「吸って〜吸って〜もっと吸って〜!ギリギリまで吸って〜!いいですか〜?まだもうちょっと吸って!」
とやられる、あれ、わかりますか?あの、体も口も鼻もギリギリいっぱい限界まで空気を満タンに吸った状態からスタートしないと、間に合わないんです。情けないことに。だから、最初の発音のコントロールも、そこからのしばらくも、すごく難しい。それでも、息が続くかは吹いてみないと分からないから、ひたすら怖い。男の人だったら、もっと普通に楽に吸ったところからスタートできると思います。あーあ、落ち込む。
まぁでも、終わりました。もう吹きたくない。ありがとうございました(白目)。
今回は、イングリッシュホルンの戸田くんが、《アッピア街道の松》のソロをすごくワルい感じで吹いてくれたので、ほんとに嬉しくて、それにも助けられました。あのソロはワルい感じであればあるほどヨイ!ブラボーでした◎
あと、エキストラで来てくれていた同い年の竹ちゃんマンが大太鼓でイイ仕事してくれていて、だいすき◎最高だった!
自分の落ち込む話ばかりになってしまいましたが、終わったので、ホッとしています。終わるまで、書けなかった。今日が、また底なしに酷い夜になっているかもしれなかったから。
若きマエストロ、リオ・クオクマンさん、本当に素晴らしかったです。本番で、もう一段素晴らしかった。若いのに、保つところでみっちり保って、それが、全然余ってなくて、空中で、ちゃんとオケを集めて、響きを引き出して、うねりに変えていく。我々に足りなかったこともたくさんあったけれど、できることを、少なくとも私に出来ることをオケの中から一生懸命やりました。しかし、我々に足りないことがありすぎて嫌になる。何で?って思うことが一杯ある。少しずつ、できることからやっていって、私たちももうちょっと良くなるので、また、asapご一緒できたら嬉しいです。これからもっともっと、ますますすごいマエストロになられていくはず。すごい。眩しい。え?若いのかな?(後で調べます。今日は寝ます)
0コメント